コラム⑥ スポット溶接:条件設定が溶接強度を決定するということ

 

 

もしあなたの工場に10,000Aの出力が出るスポット溶接機が有ったとして、常に最大のパワーを以って溶接したから溶接の品質を保証できると言えるかといえばそれは"NO"です。何故か・・・

 

電流値・通電時間・加圧力を「スポット溶接の3条件」と言います。この他にもいろいろな要素が絡みますが、この3要素のバランスが取れてこそ良好な溶接が完了します。電流過多で見られる大きなスパッタ(火花)は、加圧が伴っていないことによるナゲットの中散り、表散り等で、母材痩せ・母材割れ・ブローホール等の溶接欠陥が発生しています。ナゲット周りが弱くなっていますので、鉄板をねじっての栓抜けで溶着していると錯覚します。

 

さて、実際何を以って安全な溶接が出来ているかをどう判断するか。もちろんそれは実作業に則して無くては意味が無いことは言うまでもありません。 溶接状況を確認するための一番確実な方法、それは破壊検査です。スポット溶接後の1点1点をナゲット出しすることにより、溶接状況を確実に確認出来ます。しかし、この方法は先ほど触れた実作業に即したやり方と言うには、あまりにもかけ離れたやり方であることは言うまでも有りません。 予め、上記スポット溶接の3条件を機械側で設定することにより、その溶接結果の予測データを以って溶接強度を確保する。この方法は、一般的に広く取り入れられているスポット溶接の品質保証のやり方であり、実作業に一番則した方法でもあるのです。

スポット溶接を施工する全ての業種は溶接前の条件設定を必ず行います。いうまでもなく、自動車生産ラインでも厳しい条件設定が義務付けられているのです。 車体整備において溶接の品質を保証するとは、すなわち"自動車メーカーと同基準の溶接条件を設定する"と言うことに他なりません。

それでは自動車メーカーや溶接機メーカーは、どのようにして溶接条件を決定しているのでしょう。溶接部の品質をある一定以上のレベルに保つためにメーカーはJIS規格よりも更に踏み込んだ設定条件を独自に作成して運用しています。 その一例として、R.W.M.A.等の溶接条件設定データをベースに、被溶接材料、溶接機の特性などを考慮した独自のデータを作成し、そのデータをもとに溶接条件の設定を行っている場合があります。特に自動車関連の業界では、一般的な手法として定着しています。 参考資料として、R.W.M.A.のデータをベースに作成した溶接条件設定表をご紹介します。 


ここからは、これを裏付けるために溶接の実証実験を行います。

 

実証実験:

使用する被溶接体

引張強度:980MPa 板厚:t1.0 枚数:2枚重ね 

目標とするナゲット径:5√t(直径約5mm) 

① 条件設定及び溶接


試験体1(適正条件)

電流値:8.2kA

加圧力:263daN

通電時間:0.19sec

溶接条件を5√tの適正条件に設定し、溶接。

試験体2(電流過多)

電流値:12.0kA

加圧力:263daN

通電時間:0.19sec

左記の基本条件を電流値のみ大幅に上げ溶接。

大量の中ちりが発生。

試験体3(加圧力過多)

電流値:8.2kA

加圧力:500daN

通電時間:0.19sec

左記の基本条件を加圧力のみ大幅に上げ溶接。



② 外観確認及び所見

適正条件下でのナゲット外観に比べ、電流過多では大きく焼けが広がり一回り大きい打痕を形成している。

これは、電極φ16/R20の効果により、電流を大きくした分、それに見合った電極の沈み込みでより大きなナゲットが形成出来た結果と言える。

 

加圧過多では、一見適正条件とほぼ同じ打痕を形成しているように見受けられ、外観では判別がつかない。

 

写真はクリックで拡大します。


③ 引張り試験

試験体1(適正条件)

引張強度結果:17.18kN

試験体2(電流過多)

引張強度結果:18.82kN

試験体3(加圧力過多) 

引張強度結果:13.49kN



④ 所見

適正条件では中ちりも少なく、ナゲット形状も理想の形で栓抜け破断している。

 

電流過多では大きく中ちりが発生した様子が確認でき、引張強度では若干適正条件を上回ったものの、誤差の範囲と考えられ、中ちりによるナゲット痩せにより破断面がいびつになっている。

溶接電流を大幅に上げたにもかかわらず適正条件と溶接強度が同等であったのは、φ16/R20の電極の効果と考えられ、過大な電流値を吸収する形で電極が母材に沈み込み、電流密度を電流に見合う広さに拡張し溶接面積が適正条件よりも大きくなったことでスパッタによるナゲット痩せが生じたにもかかわらず溶接強度は若干増したと考えられる。

 

それに対し、加圧力過多では表面の打痕では適正条件とほぼ変わらないので、一見成功溶接に見えるが、実際に引っ張り試験では大きく強度を損ない、栓抜け破断形状を確認しても明らかに溶接実効値が小さいことが確認できる。

写真はクリックで拡大します。


⑤ 結論

理想の溶接条件では、期待(必要と)する溶接強度を最低限の電流値・加圧力・通電時間で得ることが出来ます。

電流を無用に上げることは、電極の形状さえ考慮すれば溶接強度を大幅に損なうことはありませんが、大きな中ちりはスパッタとして作業者や作業中の車両等に損害を与え、無用な電力の消費や溶接機の使用率や耐久性に影響を及ぼす可能性があります。

これに対し、加圧力を過大にしてしまうことでの溶接力の低下は顕著です。「高張力鋼板の溶接は加圧力が重要」という定説は事実であり、母材同士を密着させるために軟鋼に比べてより大きな加圧力が必要ですが、それに見合う電流値も必要であり、これが溶接条件設定の重要性を裏付ける根拠なのです。